[行政不信と議会不信]
議員は当選すると「白紙委任」をされたかのように身勝手に行動し、市民は選挙の翌日から「陳情・請願の立場」に逆転する。その結果、議会不信になり、議会不要論の声さえ出ている。
北海道議会は、質問と答弁を事前に協議する答弁調整を、本会議でも委員会でも続けており、世間から「まるで学芸会」だと批判されている。
「道議会も市議会も年収2000万円にふさわしい議員活動をしているのか」との批判も出た。道庁も市役所も、課長以上の幹部職員は2年で異動となり、腰を据えて仕事をする人事になっていない。「職務よりも昇進」の人事制度になっている。だが、知事も市長もその状態を改めようとはしない。
職員は「上役の意向」を忖度して仕事をしており、「どちらを向いて仕事しているのか」との批判が根強くある。これらが行政不信・議会不信の根源にある。これでは、市民参加のまちづくりにはほど遠い。
信頼関係を取り戻そうということで今、全国に自治基本条例の制定が広がっている。北海道も札幌市も自治基本条例を制定した。だが、何も改まっていない。それは、役所だけで制定した道民不在、市民不在の基本条例だからである。
[議員不信と議員特権]
議員は、選挙が終わると「異なる世界」の人になる。新人議員も次第に化身する。議員になる前には「改めるべきだ」と言っていた議会改革の問題点も、「二枚舌の思考回路」で正当化して弁護するようになる。初心を堅持する議員も存在するが、例外的少数である。
大抵の議員は有形無形の不利益・圧力に妥協して『議員』に変身する。変身するのは、(議員になってみれば分かることのようだが)長年の慣例が形成してきた議員特権に取り込まれるからである。
議員を稼業とする人は必要なのか。市民感覚のある普通の市民でよいではないか。
ほとんど何も活動しない議員が世間並み以上の年収を得ているのは妥当なのか。
ちなみに、札幌市議会と北海道議会は2000万円を超える所得である。
[議会開催を休日と夕刻に]
自治体議員のほとんどは高齢の男性議員である。女性議員は極めて少ない。年代も性別も職業も、議会は地域を代表していない。住民代表議会とは言えないのが実態である。
子育て中の年代の人は、議会開催日が平日だから当選しても議員は勤まらない。議会開催を夕刻と休日にしなければ、家計を担う立場の人は立候補できない。家計収入の働きの後の時間で議員活動ができる制度に改めなくてはならない。
この制度改正は議会で決議すればできるのだ。ところが、現在の議員が特権を守るために改めない。これでは議会不信は高まり、議会不要論は増大するばかりである。
女性議員を増やすのは、女性の全有権者が(しばらくの間は)女性候補者に投票すればダントツで当選する。そうすれば、次の選挙で女性候補者が増えて、再び全員が上位当選する。かくして「フィンランド議会」や「ルワンダの議会」のように半数は女性議員になるであろう。
[議員の数と報酬]
議員定数と議員報酬にも多くの問題がある。
自治体財政が窮迫し「痛みを共にして」の言い方で、議会が議員定数を減らしているのだが、「議員の数を減らす」のではなく「議会不信と議員特権を改める」ことであろう。定数減は議会の監視力を弱めるのだ。議員の数が減るのを喜ぶのは首長と幹部職員である。監視力低下のツケは住民に還ってくる。
住民が定数減に賛同するのは議会不信が根底にあるからだが、それは浅慮である。経費のことを言うのならば議員報酬を日当制に改めることだ。
この意見に、議員から「日当制では人材が集まらない」「成り手がいなくなる」との反論がなされる。これに対し、「現在の議員活動がそれに見合ったものと言えるだろうか」「議員不信の原因は何かを考えるべきだ」と、厳しい反論が出る。
北海道議会は定数106名で札幌市内選出の道会議員は28名である。
「政令市は府県並の権限だから、札幌市域は各区1人でよい」「人口割定数に合理性はないのだ」「その分を過疎地域に割り振るのもよい」との意見が多い。
現代は「NPO活動の市民感覚」が「議員特権の議員感覚」を超えている社会である。「市民感覚のあるアマチュア議員でよいではないか」の意見が多数であろう。
[政務調査費]
政務調査費についても議員と市民の意見が分かれる。
政務調査費は実費なのだから、全員に同じ額を前渡しするのは「公金詐欺取得」になる。現に裁判になっている。調査活動の実費が必要であるのならば、現在の全額前渡しのやり方をやめて、事後に証票を添付して請求する制度に改めることである。
なぜ、その改正に議員は反対をするのか。事後請求を「面倒だ」などの理由で賛成を拒むのは、公金への感覚麻痺である。
まちを愛する普通の市民が議員になれる制度に改めることだ。そのためにも議会開催を休日と夕刻にして、普通の人が立候補できる制度に改めるべきであろう。
そして有権者も「目先利益の住民」から「公共性の意識で行動する市民」へと自身を成熟させねばなるまい。
[議会の会派]
会派とは、議長、副議長、常任委員長などの議会の役職配分を獲得するための「集まり」である。政策会派は名ばかりで、その実態は便宜と利害の集まりである。
会派の害悪の第一は、会派決定で議員の評決行動を拘束することである。
そもそも、議員の評決権は議員固有の権利であり責務である。議員はそれぞれが選挙で所見を披歴し有権者と信託契約を結んだのである。会派決定に縛られるのは、有権者に対する背信行為である。
会派を超えて議案ごとに連携し評決するのが、議員本来の責務である。
[与党と野党]
自治体議会は議院内閣制の国会とは制度原理が異なるのだから、中央政治の政党系列を自治体議会に持ち込むのは間違いである。
自治体は二元代表制の機関対立制度であるから、自治体議会に与党・野党が存在してはならない。議会の全体が執行部と向かい合うのが自治体議会である。「与党だから批判質問はしない」というのは、制度無智であり有権者への背信である。
オール与党のなれ合いも感情的対立も議会制度の自殺行為である。鹿児島県阿久根市、北海道森町では、首長が住民の議会不信に便乗して議会と対立し、騒動を起こした。
最近、機関対立を意図的に誤認して、「独りよがり」の議会基本条例の制定が広がっている。異常な事態の流行である。
[議会の慣例]
諸悪の根源は因循姑息の議会慣例にある。先例・慣例が議会不信の根源である。今や自治体議会は「不信」の代名詞になっている。議会ほど信用されていないものはないとさえ言われている。
その原因は因循姑息な議会の慣例にある。議会改革の第一歩は議会の慣例を市民感覚で見直すことである。 |
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